たるみまぶたに5年
約400万円を費やした私が、
53歳でようやく気づいた本当の原因
「なんだか、目が小さくなった気がする……」
鏡の前で、そう感じたことはありませんか?
脱たるみまぶた専門家
アイリフトクリエイターの福井菜帆です。

今でこそ「アイリフト」という
顔の使い方をお伝えする仕事をしていますが、
ここに辿り着くまでには、長い遠回りがありました。
今日は、その過去の話をさせてください。
50歳、小さくなっていく目に
気づいた日——
たるみまぶたの始まり
50歳を過ぎた頃から、
私は「小さくなってきた目」に悩み始めました。

若い頃はぱっちりしていたはずの目が、
鏡を見るたびに、なんだか小さく、重たく見える。
最初は気のせいだと思っていましたが、
写真を見返すたびに、その変化がはっきりとわかるようになっていきました。
なんとかしたくて、
リフトアップ化粧品や若返りサプリ、
美顔器や美容家電など、
思いつくものはひととおり試しました。
けれど、どれもこれも
「これといった効果」を感じないまま
時間だけが過ぎていきます。
気づけば、5年間で使った費用は約400万円。
毎朝、鏡を見ては
老けていく自分にため息をつき、
憂鬱な気持ちで一日を始める。
そんな日々の中で、時間とお金を、
静かに無駄にしてしまっていました。
リフトアップ化粧品や
美顔器を試しても、
たるみまぶたが
変わらなかった理由
今振り返ると、当時の私はまだ
「まぶたのたるみの本当の原因」に
たどり着いていませんでした。
表面のケアをどれだけ重ねても、
原因にアプローチできていなければ
変化は起きにくいのだと、
後になって気づくことになります。
一番悔しかったこと——
たるんだまぶたで
二重が埋没する毎日
たるみまぶたの悩みの中でも、
一番悔しかったのは
「二重が埋没してしまうこと」でした。
指でまぶたを持ち上げながら
アイメイクをするのですが、
指を離すと、
そのアイメイクが見えなくなってしまう。
「昔はもっとぱっちりしていたのに」と思い悩み、
眼科で相談したこともありました。

けれど、「手術が必要なレベルではない」と言われてしまい、
かといって美容医療は怖くて、
なかなか手が出せませんでした。
眼科でも「治療の対象ではない」と言われた、まぶたのたるみ
美容医療ほどではないけれど、確かに気になる。
そんな「治療対象ではないたるみ」にこそ、
実は自分でできるケアの余地があったのだと、
この頃の私はまだ知りませんでした。
54歳、顔ヨガとの出会い——
けれど、頑張るほど
シワが増えた
そんな中、54歳のときに顔ヨガと出会いました。
効果はすぐに感じることができ、「これだ!」と思って夢中で取り組みました。けれど、必死でやればやるほど、かえってシワを増やすことになってしまったのです……。
顔ヨガ自体は間違っていなかったはずなのに、
なぜか思うような結果につながらない。
「頑張っているのに、良くならない」という、
いちばん苦しい時期でした。
頑張るほどシワが増えるという、顔トレの落とし穴
今なら分かります。
年齢を重ねた肌には、
若い頃と同じような「力任せの顔の使い方」が、
かえってシワを刻んでしまうことがあるのです。
がんばり方そのものを見直す必要がありました。
300人以上の顔と
向き合って見つけた、
たるみまぶたの本当の原因
そこから私は、
自分の顔を研究材料にしながら、
300人以上の方の顔と向き合い続けました。
見えてきたのは、
「年齢肌のための顔トレ」と、
「たるみとシワを作ってしまう顔グセ」は、
まったく別物だということです。
同じ顔の動かし方でも、シワを増やす人と、
シワを作らずに引き上がる人がいる。
その違いを一つひとつ検証していきました。
シワを作らない顔の使い方で見えてきたもの
シワを作らない顔のトレーニングと、
たるみやシワを作ってしまう「顔グセ」。
この2つを分けて考えられるようになったことが、
大きな転機になりました。
現在63歳。たどり着いたのは
「普通の顔トレ」とは
ちょっと違う方法
そうして生まれたのが、
シワを作らない顔の使い方によって、
たるみまぶたにアプローチする
「アイリフト」というメソッドです。
そんな私も、こんな63歳になりました。

普通の顔トレとは、ちょっと違うんです。
表面的なマッサージや
トレーニングだけでは届かなかった
「たるみまぶたの本当の原因」に、
遠回りをしたからこそ気づくことができました。
もし今、鏡を見るたびに小さくなっていく目に、
かつての私と同じように悩んでいるなら——
その悩みは、あなたの頑張り方が
足りないからではないかもしれません。
顔ヨガも、化粧品も、サプリも、
間違っていたわけではないと思います。
ただ、自分の顔と向き合う
「順番」が、少し違っていただけ。
かつての私が、まさにそうでした。
「もう年だから」と、
鏡の前で何度もあきらめかけました。
けれど、53歳から迷走し、
63歳になった今だからこそ、
あの頃の自分に伝えたいことがあります。
変わろうとする気持ちに、
遅すぎるということは決してない、と。

50代も、60代も、まだ人生の通過点です。
鏡を見るたびにため息をついていた日々から、
鏡を見るのが楽しみになる日々へ。
その一歩は、
あなたが想像しているよりも、
ずっと小さなところから始められます。
どうか、あなた自身の顔を、
あきらめないでください。
あなたの「パッチリ」は、まだ取り戻せます。
私がそうだったように。